僕が通っていたネパールのツェリン・アートスクールでは、タンカを描く技術だけでなく、タンカ絵師として知っておくべき仏教の基本的な教えや歴史、タンカの歴史、チベット語やレンツァ文字、そして曼荼羅の制作までも学ぶことができる。
<shechen.org>
タンカはネパールのお土産屋でツーリスト相手に人気の商品の一つで、カトマンズのツーリストエリアのそこかしこにタンカの工房や教室が並ぶ。しかしそういった場所のほとんどでは本当にしっかりとした技術を身に着けることはできない。そして例え運よく良いところが見つかっても”描く技術”しか学ぶことはできないし、もともとそれが最終目的になっている。
どの工房も教室も、うちは本物とか伝統的という宣伝をしているのだけれども、実際に本物を描いているところはごく少数に思われる。そして例えどんなに綺麗なタンカを制作していたとしても技術のみではタンカの大事な部分が欠けていると言わざるを得ない。酷いところになると、どう見ても俗人の剃髪もしていないネパール人絵師にチベット仏教の僧衣を着せた画像をホームページに掲載して、自分たちの描くタンカの正統さを売り込んでいるところまである。
実際に学ぶ人は仏教の知識よりタンカの技術を求める人が多いし、そのためには自分の描いているものの意味や歴史なんかは知らなくてもまず問題にはならない。絵師を雇う工房にしても、腕が良ければ仏教のことを知っているかどうかなんておそらくは気にしないと思う。別に仏教徒でなくても雇ってくれるところさえあるかもしれない。
こういう状況になってかなりの年数がたってしまい、そういう風に学んだ人が次に育てるのもやっぱり同じような絵師で、今となっては先に書いたような”タンカ絵師として知っているべき知識”を学んだ絵師のほうがずっと少ないと思う。教えることのできる絵師も、学ぶことのできる場所もほとんどないから仕方がない。
だからそういった描く技術以外のことがカリキュラムにしっかりと組みこまれているツェリン・アートスクールは本当に貴重な場所になっている。授業料も他の商業的工房に比べると破格の安さで、ここ最近のネパールの物価高騰の中でそれで大丈夫なの?とこちらが心配になるくらいだ。
カリキュラムは全6年。それぞれの学年で学ぶべきことがしっかりと決められていて、学年末には試験もあるのでしっかりと習得していなければ留年ということもある。
シェチェン寺の高僧たちや仏教哲学コースの学僧と一同に集まっての成績発表まであって、各学年の試験結果三位までが皆の前で発表される。
ツェリン・アートスクールでこういった貴重な授業が受けれるのも、シェチェン寺のタンカ絵師でツェリン・アートスクールの責任者でもあるクンチョク先生という方が、先代のディルゴ・ケンツェ・リンポチェから学んだ仏教の深い知識と理解によるところが大きく、そしてそういった知識がタンカ絵師に大切なものだというクンチョク先生の考え方のおかげだ。
僕の在学中だと、クンチョク先生自らがチベット語と英語でこういったことを教えてくれていて、欲張りな僕はその両方に参加していたのを思いだす。
そういった授業の内容を本にしたのが、ツェリン・アートスクール のマニュアル本 "The Path to Liberation"。
マニュアル本というと少し軽い感じがするけれど、学術書に近い感じで、尊格や曼荼羅の白描画はもちろん、仏教のこと、タンカの知識・情報が満載の分厚い本だ。
ちょうど僕が在学していた頃にクンチョク先生は何年にもわたってこの本を執筆中で、最終学年だったとはいえまだまだ未熟だった僕も本に掲載する白描画を手伝わせてもらうという幸運にも恵まれた。
ただこの本はチベット語版しか出版されていなくて、もう随分も前から英語版制作中の話は聞いていたものの何年も”制作中”状態だった。
一番最近聞いた話では、来年には出来上がるということで喜んでいたところ、先日偶然にもこの本の情報をネットで発見。
聞いていたように発売は来年のようだけれども、アマゾン・スペインでも先行予約(しかも送料無料!)ができる状態になっている。( "The Art of Awakening: A user's Guide to Tibetan Buddhist Art and Practice " →アマゾン・ジャパン)
来年の春が待ち遠しい!!
僕はチベット語ができるけれども、この本をスラスラと読めるほどではないので英語版があると凄く助かる。
今まで学ぶ機会や場所を得ることができなかった多くのタンカ絵師には、できればツェリン・アートスクールや他の仏教に精通した人の元で、それが無理でも是非じっくりと読んで、学んでほしい本だ。
本格的なだけに内容も濃く、軽く読める本ではないけれども、実際にタンカは描かないけどタンカやチベット仏教に興味のある方にもタンカの理解を深めるために是非お勧めしたい一冊の紹介でした。
チベットタンカについては、私自身勉強不足でなかなか状況がわからないのですが、この様な意気込みで頑張ってらっしゃる先生がおられるのですね。頑張って⁈読んでみたいです。
洋児さんがお手伝いされているとのこと、ますます楽しみです。日本語版、洋児さん作ってくださいよ〜。
仏画という仏教で帰依する場をこの世に作る出す作業は尊いものだと思います。その一端を読ませて頂ければと思います。
在学中にこの本の内容は学んだのですが、もう一度受けたいと思う内容の授業でした。今から考えると、著者であるクンチョク先生自身から受講なんて贅沢な話です。
日本語版、出るといいなぁとは思いますが、僕の場合はチベット語も日本語も勉強不足ですね。自分だけ理解するのと、人に理解してもらえるような文章を作るのでは違いますもんね。
英語版が手に入ったら、もう一度自分でじっくりと勉強したいと思っています。